イントロが連れてくる「あの頃の土曜日」
みなさんは、最近『まんが日本昔ばなし』の公式YouTubeチャンネルが開設されたのをご存知ですか?
ふと懐かしくなって、エンディングテーマの『にんげんっていいな』を再生してみたんです。 そうしたら、不思議なことが起こりました。「懐かしい」と頭で考えるよりも早く、あのイントロが流れた瞬間に、体が勝手に反応したのです。
台所から漂ってくる、カレーや焼き魚の焦げる匂い。 お風呂上がりの湯気の匂い。 ブラウン管テレビの前の、畳の感触。 そして何より、「明日は学校が休みだ」という、あの絶対的な安心感。
土曜日の夜7時半。あの一瞬は、子供だった私にとって、一週間で一番心がほどける魔法の時間でした。
今はスマホ一つあれば、翌日には欲しい荷物が届く時代です。とても便利になりました。 でも、あの頃、家族とコタツを囲んで過ごした時間の温かさは、今のどんな便利さを持ってしても、代わりにはならないものだなあと、大人になった今、しみじみと感じてしまうのです。
画面の中の「クマ」と、現実の「クマ」

映像の中では、夕焼け小焼けのリズムに合わせて、クマと子供たちが一緒にお尻を出して踊っています。 子供の頃はただただ笑って見ていたこのシーン。けれど今見ると、少しだけ複雑な気持ちが混ざり合います。
連日のニュースで流れる、クマの出没情報。 実際に被害に遭われた方の恐怖や、大切なものを失った悲しみは計り知れません。それは紛れもない「現実」です。
※先日、そんな現実的な「空き家のクマ対策」について、こちらの記事で詳しく解説しました。

現実の脅威としてのクマ、そして対策の必要性。それは大人の私たちが直視しなければならない問題です。 だからこそ、アニメの中で種族を超えて笑い合う彼らの姿を見ると、張り詰めていた心がふっと緩むと同時に、切なさが込み上げてくるのです。
「本当は、こうありたかったんだよな」と。
人間も動物も、同じ里山で暮らす隣人だった。そんなかつて私たちが夢見た景色を、この映像は静かに思い出させてくれます。
にんげんっていいな」の本当の責任

『いいな いいな にんげんっていいな』 『おいしいおやつに ほかほかごはん』
歌詞にある通り、温かい布団で眠れる暮らし。 もし私たちが、そんな「人間としての恵み」を受けているのなら、その恵みを使って何ができるのでしょうか。
それはきっと、「声を上げられないもの」へ眼差しを向け、手を差し伸べることではないかと思うのです。

動物たちだけでなく、私たちが育った「家」も同じです。
かつては家族の笑い声が響き、温かい食卓があった実家。 今は誰も住まなくなり、静まり返っているかもしれません。その家は、動物と同じく、自分では何も言えません。「雨漏りが痛いよ」「荷物が重いよ」と訴えることもできず、ただじっと風雪に耐えています。
家を直し、守り、あるいは役目を終えさせる。 そんな「始末をつける力」や「次へつなぐ知恵」を使えるのは、人間だけです。 その責任を果たすことこそが、あの歌が教えてくれる「にんげんっていいな」の、もう一つの意味なのかもしれません。
思い出を「重荷」にしないために

映像の最後、子供たちは明かりの灯る、あたたかい家へと帰っていきます。 私たちの実家も、いつまでも「帰りたい場所」としての温かい記憶のままであってほしいですよね。
そのためには、放置して朽ちさせるのではなく、誰かに譲って再び明かりを灯してもらったり、感謝を込めて解体し、土地として次の役割を与えてあげたりすることも、今の時代の「家への愛情」です。
もし今、遠く離れた場所に、気になっているけれど手をつけられていない「家」があるのなら。 あのイントロが連れてきた記憶が温かいうちに、少しだけ家の「これから」を考えてみませんか?
決して、思い出を捨てるわけではありません。 思い出を「重荷」に変えてしまわないために、プロの手を借りるという選択肢があります。
▼「思い出はあるけれど、次の誰かに託したい」「訳ありで手放しにくい」という方はこちら 「共有持分」や「再建築不可」など、難しい条件でも相談に乗ってくれる心強い存在です。

▼「自分の家としての役割を終え、次の形を考えたい」という方はこちら 解体や売却など、複数の選択肢から一番良い方法を比較・検討できます。

最後に

久しぶりに聴いた『にんげんっていいな』は、ただの懐メロではなく、大人になった今だからこそ受け取れるメッセージを秘めていました。
忙しい毎日に疲れたら、YouTubeであの夕暮れの匂いを思い出してみてください。 そして、その優しい気持ちのまま、故郷の家に思いを馳せていただければ、パジャマルとしてこれほど嬉しいことはありません。
